今日ペットショップに立ち寄りました。
ビションフリーゼを含め、かわいい子犬がたくさんいました。そこでふと、動物たちと一緒に居る意味を考えてロジック化しておきました。
- <ロジック「動物と暮らす」>
- 犬
- 暮らし
- かわいい
- パートナー
- 猫
- つんでれ
- かわいい
- 同居人
- ハリネズミ
- かわいい
- ギャップ
- 観察
これですと、ロジックの<果>は常に「ハリネズミ」が出てしまうのですが、私は犬が一番好きだな、と思います。
結果、ロジックの<果>に「ハリネズミ」が出ようが、その「ハリネズミ」要素のデータに満足が行っていれば、このロジックには満足が行っていることになります。
なぜ、それでも犬がかわいくて欲しいな、と思うのでしょうか?
それは、結局ロジックの要素を最初から精査して行った上で、止まったところで満足すれば、ロジックは成り立つという事です。
そして、私は猫が意外と苦手です。それが2番目に出てきて居るのは、やはり苦手意識が大きいのでしょう。
ここで<因>に「ペットを求める」を入れるとします。一見ロジックは最後に出た「ペットを求める」や、<ロジック>の最後の「ハリネズミ」が自分の答えかと感じられますがそれは間違いです。
あくまでもそれはロジックの<果>。最終的にどれも叶わぬ際に、叶うと嬉しい究極の望みです。「ペットを求める」と<因>を入れても、ペットが欲しい気持ちの評価しかできません。
よって、ここで自分が各動物への想いを知るには、飼おうと想定する動物を全て<因>と放り込んで途中のプロセスを精査すれば、自分が本当に欲しい動物が見つかります。
覚えておいて下さい。<果>は、全ての妥協を乗り越えた「答え」が出ます。
ただ、どの候補も目の前に無い場合は、<ロジック>一番最後の要素に人は惹かれてしまうのです。
私の場合、どの動物か具体的に考えない時は、「ハリネズミ」に惹かれてしまうようです。しかし、実際に検討したいのは「犬」なのです。
その場合、一番避けたい物や検討している物が、一番大きな要素として現れることがほとんどです。
本当に欲しい物と、色々な条件の下に行き着く結果という物は、大抵違う物だということですね。